この記事はSYSKEN Advent Calendar 2015 23日目の記事です。
今回はアニメ作りに関する話題になります。なんだよアニメの話かよって思う方もいるでしょうが、アニメ作成の技術的な話なのでご容赦ください。
さて、近年デジタルアニメ(2000年代より主流となったパソコン上で描画・編集を行うアニメーション作品)の技術が熟成したことにより、さらに進んだデジタル前提のデザインや表現手法そのものが大きな商品価値を示すようになりました。特にこの数年は実験的な表現を行った作品が成功を収めたり物議をかもしたりで、日本アニメ史という観点から見て、とても充実していた期間だったのではないでしょうか。
トリッキーな表現により圧倒的なブランド力を築いた物語シリーズ
セルルック3DCGが従来の美少女ファンにも大きく受けた記念碑的SFアニメ
ほんの少し振り返ってみてもショッキングな作品が多くて驚かされます。
技術進歩とアイデアの二人三脚により、アニメーションの表現方法は少しずつ多様化に向かっていると言えます。それらは人々を楽しませてくれると同時に、制作方法の新たな可能性をも示し、多くのノウハウを私たちに教えてくれました。そうした蓄積の末、ついに「素人にもアニメを描くのが難しくなくない時代」が来たようにさえ感じます。
ただ、こういった事実が肝心の――最も恩恵を受けるかもしれない――アニメーションづくりに遠い人たちに知られていないとも感じています。ということで今回は読んでもらえた方が「じぶんにもアニメ、作れるかも」と言えるような記事を目指したいと思います。
思っていたより前置きが長くなりましたが、ここから、やっと本題です。
アニメづくりは難しい?
結論としてはアニメをつくるのは難しいです。終わり。
………
……
…という訳にもいかないので、「アニメを描きあぐねている人がどういう所でアニメづくりに躓いているのか?」について、代表的なケースを挙げてみようかと思います。これは私個人が描いてて思うことや、描きはじめた人の作品を拝見してて思ったことです。
Case1. 絵がかけない
深刻な問題。絵心がある人については「画力が足りない」と置き換えてもらえたらと通じると思います。最大の難関といえるかもしれません。
そもそもアニメーションとは静止画を連続して再生し動いているかのように見せるものです。人形劇だったらミニチュアを少しずつずらして撮影して、3Dアニメだったらパソコン内の3次元空間にモデルを作り少しずつ動かしてレンダリングして、そして手描きアニメだったら絵を何枚か描いてあげないといけないわけです。
最初に「描きたい絵を描けないといけない」という大きな壁がそこにあるのです。
えんぴつで何かイラストのようなものをノートに書いた経験が無い人はもちろんのこと、少し描ける人もここで困ります。私もここで毎回躓きます。躓かない人はもう言うことがないのですが、どうしよう。
Case2. 絵を動かすことができない
上記の画力問題と並ぶ厄介な問題です。「絵が動かす」というと少し語弊があるやもしれません。ある程度連続性のある絵をパラパラしたら上手下手は関係なく一応動くからです。ということで誤解のないように言うならば「どういう絵を何枚描いて、どんな順番や速さでめくれば想像するような魅力的な動きになるかわからない」ということです。なんかややこしいですが、多くの職業アニメーターもここで頭を抱えているはずです。アニメーターの技術というのはこういった部分にあると言ってもいいでしょう。素人がこれを修得しようとするとセンスはもちろん大変な苦労を強いられます。
Case3. たくさんの絵を準備できない
「絵が動くわけないじゃないか」そのようなことを業界で定期的に誰かが叫び、またその周りのアニメーターはうんうんと顔を上下させているのではないでしょうか(勝手な想像です)。「絵」は動かないから「絵」なのであって、それなのに絵を動かそうとするなんて――アニメで苦しくなったとき、頭によぎります。
Case1では画力問題を言いましたが、その影に存在するのが物量問題です。現在はパソコンでイラストを描いて管理できるようになったため、昔のように専用のインクをたくさん用意して撮影機器を準備して……と物理的に苦心することはなくなりました。しかし、依然として根本的な「いっぱい絵を描かないといけない」という問題は残るのです。また、慣れてないと絵を一枚描くのにも時間がかかりますから、アニメーションさせるのにいったいどれだけ時間がかかるのかわからない、アニメ難しい、となってしまいます。
ここまで3つの大きな問題を上げてきましたが、おそらくアニメづくりに興味を持ったことがある人はいくらか思い当たるのではないでしょうか。
ここで言っておきたいのは、以上の3つの問題点を「とりあえず」超え、素人でもアニメが作れる手法が存在すること。また、近年その手法を用いた作品としての優良解が少しずつ模索された末、ついに「良い解」が世に出始めたということです。
ついに生まれたロトスコープ主流作品の優良解
実をいうとこの記事を書こうと思ったのは、この映画があったからです。
思春期特有のおかしさやつらさを鮮烈に描ける岩井俊二監督が実写作品から離れ、アニメーション映画の製作をしたのがこの「花とアリス殺人事件」です。映画の内容に興味がある方は発売中のDVDなどを見ていただくとして、技術的な面で特筆すべきはこの映画、全編にわたって「ロトスコープ」という手法が活用されている事です。
ロトスコープとは、アニメーションで動きを作るうえで有名な手法の一つで、実際にカメラを使って撮影した人物(をはじめとした色々)の動画をトレースして絵におこすことで、確実にリアルなアニメーションを作ることができる、といったテクニックです。
このロトスコープ、昔のディズニーアニメ作品などに多く使われていましたが、日本では予算や労力の問題であまり使われてきませんでした。あるとするならば、ごく一部のこだわりが強いアニメーターが動きをリアルに描きたい時に個人的に利用したとかそんな程度ではないでしょうか。そんな現状で突如この映画作品が生み出された……この映画のすごさはそこにあります。
今までの物語式アニメ作品に使われてきたロトスコープは、この「花とアリス」での使い方とやや異なります。従来は「リアルな動きをキャラクターに演じさせる」ことを目的として、トレース箇所の選択や、アニメキャラクターへの置き換えが行われていました。
対してこの映画の手描きのパート(それ以外は手描き風の3DCGが使われている)では、役者の動きのみならず姿形までもが、かなりそのまま書き写されていることがわかると思います。このような手法を使うメリットの1つが、ロトスコープする映像さえ準備してしまえば、「役者の写真を線でなぞるだけの作業」を行うだけで、一章で述べたアニメづくりの難しいところをクリアできてしまうことです。「どこに線を引けば良いのか」があらかじめ決まっているのであれば、画力が無くても絵になります。動きは映像そのままでOK。物量に関しての大変さは根本的に変わりませんが、「ゼロから絵を描く」が「写真を元に線を引く」になるので、描く苦しさはかなり軽減されます。
そしてもう一つ、大事なテクニックがこの映画には使われています。それは実写から書き写した絵を、「少しだけ細工してアニメーションキャラクターにする」という手法です。具体的に言うと、「顔の修正」、特に「目鼻口だけをややアニメっぽいデザインに直す」という作業を行います。実際に映像では目鼻口以外にも、画面にあわせて色々な部分が細かく直されているようですが……今回はややこしいので、とりあえず「目鼻口!」ということに考えておきましょう。
とりあえず重要なところをまとめますと「花とアリス殺人事件」は以下のことをしていてすごいのです。
- 素材映像をそのまま書き写して、リアルなアニメーションを実現している。
- 書き写した絵をやや修正してアニメキャラクター化している。
ロトスコープとキャラクター化の絶妙なバランス。実写トレスを良い塩梅でアニメに寄らせるというアイデアにより、現実に則しつつ実写には出来ない独特な魅力のあるキャラクター表現が成り立っています。こういったことを実行できたことがこの映画の斬新さでありすごさでもあります。
業界の常識を飛び越え、颯爽と現れた「花とアリス殺人事件」。
その制作工程は「アニメ難しい」という人にも希望を与えてくれるもの……試してみるっきゃないねという事を私は伝えたいのです。
という事で、「花とアリス」リスペクトアニメーションを実際に作成してみましょう。
ロトスコープに挑戦
さて、私も「花とアリス殺人事件」みたいなアニメを作りたいということで、ロトスコープ初挑戦しつつ実際に作ってみました。細かい手順は使うソフトによって異なってくると思いますが、ロトスコープでやるべきことはだいたい決まっています。
Step1. 素材となる動画を用意する
今はスマートフォンでも簡単に動画が撮れる時代です。今回は自ら実写素材を撮影です。
Step2. 動画から余分な要素を間引く
ここが重要な部分になります。由緒正しい動画ファイルなどは大体「fps」の値が30とか60とかで作られています。この「fps」というのはその動画が1秒の間に切り替える静止画の枚数を示した値です(frame per second)。30fpsで作られた動画では私がボーっと画面見ていているうちでさえ律儀に30枚もの画が流れます。
ところが世に出ている手描きアニメーションの多くは、24fpsという少し変則的な数値を基準に製作されています。また一秒に24枚も絵が使われているのかといわれると、そうでもなく、シーンによって1秒12枚、1秒8枚、1秒6枚などと使い分けているのが現状です。アニメをスロー再生して、一秒に何枚絵が変わったかを観察すると理解しやすいかと思います。
結局何が言いたいのかというと、手描きアニメは1秒に何十枚も描かなくても成立するのです。むしろ1秒24枚で表現したりすると、人間が書いた描線のかすかな「ブレ」が積み重なり、視聴者に違和感を与える場合が多いです。「枚数が多い=アニメーションのクオリティが高い」とは決してならないのです。動きに合った枚数を考え、その量を極力減らすように意識しましょう。描く枚数が少なくなれば、ダイレクトに「作業量が減る」という大きなメリットもあります。たくさん描くのはインパクトが必要なシーンに絞るべきなのです。
長々と理屈を書いてしまいました。まあそんな理由がありまして、私は動画を8fpsに変換しました。動画編集ソフトなどを使用すれば可能です。
さらに私は「アルセニー、これは8fpsでも枚数が多いぞ」と天のささやきが聞こえたので、綺麗な動きになるようちょこちょこと画を減らしました。そうして実際にロトスコープに使用した動画データがこちらになります。
Step3. 絵におこす
面倒な話はだいたい終わりです。削り取った動画を画像に書き出し、ペイントソフトでトレースを行います。私は普段Adobeの「Flash」を使っているので今回もこれで行いました。
こんな様子です。「読み込んだ画像に新規レイヤーを乗せて写す」作業を続けました。
美しい線とか、服のディテールとかは思考回路から追い出し、役者(私)の輪郭を軽く線におこしていきました。一通りやって「このレベルであの映画のリスペクトと言ってよいのか」という不安がよぎり、次の瞬間には「いや駄目だろ」と確信してしまったので弁明しておきます。「今回は花とアリス殺人事件の1/3クオリティです。」
線を描いたら決まった色を塗って、描いた絵を全て書き出して準備完了。次のステップに行きます。(ちなみにこの作業、ダラダラとやって2時間ほどかかりました。)
Step4. 編集作業
前工程で実際にロトスコープを行い、アニメーションに使う画像が完成しました。後はこれらを編集ソフトで並べて動画形式にすれば、アニメーションが完成してしまうわけです。
早速できたものを見てみましょう。
うぉん! ついにできました。リアルな動きがちゃんと反映されていますね。作業の順序を守るだけで「人物のアニメート」という難関を突破できました。
しかし喜びも束の間、私はここであることに気づきます。そう、「アニメキャラクター化してない」のです。普通に忘れてた。「こりゃどう考えても映画の1/10クオリティだ」。私内メーターが修正を余儀なくされたので、顔部分だけをややアニメらしく書きなおす作業に移りました。
ついでに、最終の編集に備えて役者の影を別レイヤーに分けたり、背景画像を作ります(素材動画の背景をフィルタ加工しただけ)。
そうしてすべてを終わらせたものがこちらになります。
いかがでしょうか?
「初めてのロトスコープでどんな感じのアニメが作れるのか?」「素人にもアニメ作れるのか?」という問に対する資料にしていただければ嬉しいです。
まとめ アニメの優位性について考える
以上、ロトスコープ初挑戦のおおざっぱなメイキングでした。
ここまで読んだ方の中にもしかすると、この場合のロトスコープって実写でよくない?と思われる人がいるかもしれません。確かにリアルに則したアニメがある場合、必要性の面において実写と比較してしまうのは当然です。では、3DCGアニメーションやリアリティ溢れるVFXが映像作品で幅を利かせている今日において、手描きアニメの優位性とは何なのでしょうか。
それは手描きアニメというものが、ローリスクの割にそれなりのリターンがあるということです。実写や3DCGでド迫力な映像を実現しようとすると、それはもう大量の人とお金と製作期間が必要になります。
例えばアクション映画のワンシーンで「美麗な人物がカメラに向かって走る。人物の奥を見てみると今まさに墜落している飛行機。それは地面にぶつかりついには爆発。画面は機の破片と爆発に満たされ――」みたいなのがあるとします。これを実現するにはまず容貌が優れ、走りがキマる役者を雇わなければなりません。次にVFX。3DCGの飛行機のモデルを実写に馴染むように緻密に作り上げ、それを役者の後ろで飛ばします。そしてついにばらばらにさせるわけですが、このために膨大な演算をコンピュータに行わせる必要があります。それに伴う労力は途方も無いものになってしまうのは容易に想像できるはずです。
しかし手描きアニメーションの場合は、キャラクターや飛行機、場所などの設定さえ教えてもらえれば、アニメーターが一人でそれらを書けてしまいます。頭の壮大なイメージを、絵におこせばよいのです。CGのように正確無比なリアルさは見込めませんが(花とアリス殺人事件でも、精密さが要求されるカットでは3DCGを用いているはずです…)、それなりの感動を生みます。何よりも、観客に何が起きてるのかきちんと伝わり、納得させられます。実写などは、納得するレベルまでくみ上げるのに長い時間がかかるのです。
日本で日夜多くのアニメが生み出されて公開されているのは、映画大国ほど資金に恵まれない中で、頭にある素晴らしい映像を形にしてやりたい――アニメクリエイターの心に大なり小なりあるそういう思いがひとつとしてあるからだと思います。実際にハリウッド映画などでも、上記のような高度なVFXを作る前に、設計図的に手描きのアニメでテストすることもしばしばあると聞きます。手描きアニメーションというのは、頭の中にあるいかなる映像も、すばやく形にしてしまえるという稀有なツールなのです。
そんなツールですが、第2章で述べたようなハードルが厳然としてあります。しかしそれをなんとか超え、そのツールとしての価値がわかると自由さと窮屈さが混在した面白い世界が見えます。今回の記事で一番伝えたかったことは、アニメのハードルを超える方法の一つに、やや変り種ながらロトスコープというものがあるという事なのでした。
そして、ロトスコープ作品の新たなお手本的存在が生まれてくれた今こそ、それを試すべきだと思います。実写のリアルを基に、アニメならではの表現による躍動感空気感を加味したアニメーション作品「花とアリス殺人事件」――この傑作を進んで参考にしてアニメづくりを楽しんでみることを私はオススメいたします。
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