システム研究部という選択

(この記事はOBのsenodaiさんに寄稿していただいたSYSKEN Advent Calendar 2015の5日目の記事です)

2015年11月19日。ガチャガチャと仕事の会議資料を作っていた時、スマホが震えた。

(差出人)らりょす「記事を書け、でなければ帰れ」

 

こうして私はOBながら記事を書くこととなった・・・

 

お疲れ様です。伝説のセノダイことセノダイです。自己紹介をしますと2012年に

卒業したOBで元部長です。

成績が常に底辺、私より下の成績の人間が尽く消えていったことから

「情報科のボーダーライン」と呼ばれていたこともありました。

学校を卒業後は電気系のエンジニアをしながらちょいちょい創作活動なんかに混ぜてもらい

現在は転職して

某ゲーム系専門学校で教師的なサムシングをやっています。人生ってマジでわかんねぇ。

 

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(著者近影)

記事を書くと言ってもよくわからんのでちょっと長くなりますがシステム研究部

(以下シス研)の思い出を振り返りつつシス研の良さを皆さんに伝えられたら

と思います。

入学した時、私は既にバリバリのキモオタ臭を放つ病気タイプのオタクで

「ゲーム・アニメ・マンガ大好きですデュフフフ」

が口癖の日本人ストリート系ヒップホッパーでした。

そんな私が当時からレジェンドの先輩たちが揃ったシス研に入部したのはある種「必然」

だったのかもしれません。

 

1年目に初めてプログラミングを触り、挫折し、単位を沢山落としながら技術力も無く

シス研の部員である意味すら曖昧だった私でしたがとにかく

シス研という場所が妙に居心地が良い。先輩たちもワイワイガヤガヤ面白くて

何故か部室にだけは毎日顔を出しヘラヘラと話し込んでは帰る生活を繰り返していました。

しかし、そんな中でも1年目が終わる頃には後に親友を越え盟友となる

「わりこ氏」「taka氏」をはじめ多くのレジェンド先輩たちと仲良くなっていき

卒業した今でも交流があるほどになるわけです。

思えば私がちゃんと進級して卒業・就職出来たのはこの人達とシス研があったからでしょう。(もちろん顧問の先生方もねっ☆)

 

その後、色々あって部長になった私は新入部員を集めると同時に

「世話になったこの部活をなんとか守りたい」

と思い奔走するわけですがその頃ちょうど「じゅりあん」が入部してきてくれたのは

人生でもトップ10入りするほどの幸運でした。

私は、入部した頃から優秀でそこからさらに成長していく彼を主軸にして

新しいシス研が出来上がっていくビジョンが見えたので彼と回転寿司を食いながら部長を託し

卒業までの時間を変わらずシス研で過ごす部員になりました。

彼のおかげでバトンは後の「すえだ」→「おやゆび」→「らりょす」

と繋がっていくわけです。

 

システム研究部の良いところは上げれば沢山有るんですが

「色んな人と出会い、付き合っていける場所」

というのは今も昔も変わらないでしょう。そしてそれは学生のうちは環境に慣れすぎて

分からないものですが社会に出ると一つの財産であることに気付きます。

 

卒業して時間が経ってからもこうして「記事書いてくれー」と連絡が来るのもそういうことだと思います。

実は年代的には被らないはずのらりょす君と私がこうしてシス研という繋がりを元にして

連絡を取り合い今に至るのもシス研が

「色んな人と出会い、付き合っていける場所」である証明です。

私がそうであったようにシス研が後輩の皆さんにとって今後も良い部活・場所となるよう応援していますし

「シス研入ってよかったわ」と後々、思えるような活動をして欲しいと思います。

 

なんかこうやって真面目に書くと明日オレが死ぬみたいだけど別に死なねぇから!!

もし次回があればもっとふざけたことを書くと思いますので今回は特別です。

また機会があればお会いしましょう。

 


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